共感

人と話すとき距離を縮めるのに一番簡単な方法は共感できる話題を振ることだと思う。

簡単なもので「今日は寒いですね」など天気の事を話すこと。それだけで「ほんとですよね」など最低でも一回は返事をもらえる。うまくいけば「寒すぎて手がうまく動きませんよ」など会話の選択肢が無限に広がる。しかし同じ共感でも負の共感と正の共感があって負の共感の例でいうと特定の人物、事柄に対する悪口など共感できることならいいがもし共感できない場合は聞いているほうはその共感に合わせて返事をしなければいけなくなるしもし共感できたとしてもそれはもう人間関係の向上を目的としていない場合が多い。ただの不平不満になってしまう。逆に正の共感のほうは「あの人はすごい」

「あの有名人のここが好き」など負の感情がないもの。なぜこんな何番煎じかわからないことを考えたのかというと、やっと慣れてきたバイトの休憩時間におばさんたちが悪口で盛り上がっていたからである。おばさんや悪口を言われている人どちらもそこまで悪い人ではない(短い人生の経験上)自分だって悪口を言っていたし本気の悪口だって、冗談交じりの悪口だって言ってきた。しかしここ数年悪口なるものからは遠ざかっていて、大学に入ってからまた頻繁に聞くようになった。みんな新しい人間関係を作るうえで苦労しているのかもしれない。自分なんかは悪口なんてものは言ってストレス発散になるのなら積極的にしていくべきだと思っている。(もちろん本人に聞こえないように)陰口には種類があって本当に仲間内だけで完結して本人には全く伝わらず自分自身も変わらない態度で接することができる正というといいすぎだが特に問題のないもの。

(自分自身のストレスが解消されただけのもの)と本人にも伝わるように悪口を言っているような明確な悪意があるものの二つがある。後者に関してはいじめ問題にもつながる可能性がある危険なやり方であり攻撃なのでやってはいけない。その場合はもう本人に指摘というか伝えたほうがいい。それかきいた人が何とかするか、難しい話ではあるが。誰でもこんな経験はあってやったこともやられたこともあるだろう。でもやっぱり悪口は聞いてるほうは特に楽しくない。それが言いたかっただけなんですよ結局は、こんな毒にも薬にもならないような駄文を連ねていると小説書くのって本当に難しいんだなと思いますね、いつも作られたものを受動的に読む、使う。だけたまには自分で作り上げたものを楽しみたいですけどこのブログがその役割を果たしてくれるといいななんて思っていますけどこれを読んだ未来の自分はどういう気持ちで読んでいるんだろう、小学校の時に書いた未来の自分への手紙に書いてある内容が今の自分の考えとほぼ一致していたことを思い出しました。手紙の感想で「同じこと考えてるよw」と考えたのを思い出しました。今常にみらいの自分に手紙を出しているような感覚ですね。書いている自分より読んでいる自分のほうが楽しみに思えてきます。あとバイトの土日8時間勤務はいつ終わるんでしょうかね?予定だと来週の土日はがっつり入ってたと思います。休めるのかな?そこだけ不安です。予定はないですけど(白目)あとパコマネっていうエロゲが気になっていて値段も2000円ちょっとですし絵もエロいしOPもよかったので購入を考えています。アマゾンで頼もうかな。ということでおやすみなさい