言葉の価値

言葉ほど言う人、聞く状況、その他さまざまな要因で変わるものだと思う。最近の話だが寮のやつが「俺は東大に行けてもいかない」「行きたくない」などほざいていたので周りの友達数人と「ダサい」と一蹴したのだが、おれは~できてもやらないとか、心底ダサいと思う。自分にも言えることだが何も成してない人の言葉はやはり薄い。まんまブーメランなんだけどねwこんなことを書いている自分も本の受け売りがほとんどで、本の中から、正しいというよりは自分が好きな考えを抜き出してそれをさも正解かのように人に偉そうに話して悦に入っているだけなのだ。影響されやすいんだろうなぁ。

あと変に客観的なことも要因の一つだ。いやこれも客観的に見れていないのかな?自分がないことは無いと思うんだが自分がなんなのか自分でもよくわかっていないのか、毎日こんな毒にも薬にもならないことを考えているが、これこそが大学生の特権だと思うのだ。例えば天国はあるのかとか、幸せとは何なのかとかを生産性もなく話せる時間だと思うのだけど友達にこの話を振ると大抵は「は?」とかめんどくさいとかの反応を返される。確かに意味はないけどさ、話したいじゃん。てか自分の考えを2時間でも3時間でも聞いてほしい!話せないし聞いてるほうも苦痛だと思うからやっぱりブログという媒体は優秀ですね。好きに書けるし誰にも文句は言われないし言わせない!明日は東京に行くので美味しいものを食べてこようかな、最近の食事の楽しみといえば学食を少し豪華にするくらいですからね、明日は丁度1年前に見た映画のレビューをするぞ。