基準

日記と言いながら意図せずして1週間に一回の更新ペースになってしまっているのはいかがなものかと思う。みんなそうだと思うが慣れてしまうと以外と単調な日々の繰り返しなのだ。これに関しては小も中も高も同じだ。毎日が新しいことばかりで楽しい人のほうが少数派だろう。最近は珍しくムッとすることがあった。最近気付いたが自分は意外と昔の事を覚えているし結構執着心が強い。友達にもよくそんなこと覚えてるなと言われるし相手が忘れかけていることも執拗に言ったりする。ムッとしたことの話だが、受験の話で寮のやつが話していたことにかなり?と思ったのだが、まぁ簡潔に言うと、

地球一周?そんなの簡単でしょ?地球一周した探検家の本も読んだしサバイバル術の本も読んだし、明日にでも行けるよ。まぁまだ家から一歩も出たことないけどね。という話で、ちなみに俺は地球一周に挑んで失敗している。これを受験に置き換えればわかりやすいと思う。てか地球一周を東大に置き換えればかなりわかりやすい。なんで最初からそうしなかったんだろう、まぁいいや。とにかくそれに関してかなり腹が立った。いくら色んな考えがあるとわかっていてもむかつくことはある。これは精神が幼いとかそういう話じゃなくてこの発言まで受け入れてしまったらだめだからだ。これは自分とは違う正しい意見を素直な心で聞くための考え方なのに間違っている意見にまで首を縦に振ってしまったら意味がない。もちろんどれが正しくてどれが間違っているかを決めるのは自分だ。でもね、この考えはあまりにもひどすぎる。というか間違っている!おれは嫌いだ!こんなんだからいつまでたっても成長しないのか。ていうか誰が成長したかどうかを決めるのか、精神の成熟なんてそれこそ無理じゃん、話がそれたが、ここ数年で一番気に入らない考えでした。まるでネットからそのまま転用したかのような言い方だった。個人的にはネットの意見は話半分で見ているのだがまさか現実に言葉で言われるとこんなにもイラつくとは思いもよらなかった。文章に書き起こすことによってストレスじゃなくなるといいけど。あともう一つ、授業でグループ発表をすることになったのだがそのメンバーの一人(女の子)と話し合いとして30分ぐらい話す予定だったのだが当日になってこれないという連絡、忘れてたらしい。悲しいなぁ。自分の下心がばれたのだろうか、多分単純に来たくなかったんだろうなぁ、会って1日の男と二人きりで話すなんてよほど好印象じゃなきゃ無理だろう。そんなに悪い印象じゃないと思ったんだけどなぁ、自分の顔に関しては普通より上だと思っている。悲しいのはこう思っているのは多分自分だけで周りからの評価はよくて普通、大半の人は普通より下だ思うということだ。文章で書くと余計悲しいね。最近顔をよくこすってしまう。これが最たる悩みかな。自分のコンプレックスでぱっといえることの一つに肌が汚いということがある。昔ほどではないがやはり顔が気になる。こするのはよくないのでやめたい。友達もブログをやっているらしい。俺が知っているのを友達は知らないのだが、おれは勝手に見ている。でも友達はライターを目指しているらしくみられるブログを目指している(ブログに書いてあった)ので俺が見ても問題ないよねwその割には1か月更新されていない。ただひとりごとを垂れ流している非生産的な自分がいうことではないな。

楽観とは真の精神的勇気だ シャクルトン どうせこの名言も忘れているだろうなぁ

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